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富士を降りた神様たち。
2008年10月19日 (日) | 編集 |
明治初年に政府から発せられた神仏分離令によって
富士山にいらした多くの仏像がお山を降りた。

内院(山頂の噴火口)に投げ入れられたケースも
あったようだ。

中近世では、神と仏は同じように見られていて、
富士山にも多くの仏像が奉納されていた。


今日は、以前は富士山に、そしていまは、
裾野のお寺や個人のお宅などにいらっしゃる
神様たちに会いに行ってきた。

富士吉田歴史民俗博物館の「富士の神仏」という
企画展の最終日。

館内には、ほんとうに多くの神様がいらした。

二合目から 一合目から

せつないような、ありがたいような気持ちになった。

富士山は気候がきびしいので、
夏になってお山開きになると、
社や室の主が仏像を背負っていったそう。

北口本宮冨士浅間神社の参道の途中に建てられていた
髄神門(ずいじんもん)にいらしたアラハバキ像も
いらしていた。

アラハバキ神

アラハバキ左 アラハバキ右

寄木造(よせぎづくり)で、身体はがっちりしていて、
足も太く、力強い筋肉がついている。


きこりと、人のほとんどいない館内で、
閉館時間まで満喫していたら、
一体の仏像の持ち主が見えた。

館内に入ってきて、まず仏像に挨拶をされて、
すぐに立ち去っていった。

閉館時間になったら、神道のお祭りの道具を
持ってきて、家族で祭事の準備を始められた。

約3ヶ月の間、歴史民俗博物館でお務めをしていただいて、
自宅(というのかわからないけど)に帰宅するための、
感謝のお祭り。

わたしたちは、その方とおつきあいがあるし、
そのお家で守られている仏像がいらしていることも
知っていた。これはとてもいい時に来たと、
お祭りに参加させてもらった。

ご家族と学芸員ときこりとわたし。

今日のために作られた祝詞を聞いて、
榊を捧げる。小さくて静かなお祭りだ。

この神様はいまも裾野で祈りを捧げられている。

大日如来像

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