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忘れたくない時間たち。
2008年11月30日 (日) | 編集 |
久しぶりに庭を満喫。

お出かけが多くて、10日間くらい、
ほとんど家に居なかった。

庭に敷き詰められていた赤や黄色の落ち葉はすっかり茶色。
梅雨から夏にかけてぐんぐん伸びまくっていた草たちは
霜が降りると半透明になって、くたくたと柔らかくなって枯れた。

はー、冬だ。


お出かけは、どれも今、この時期を外せないものばかりだった。

西湖で昔物語のお芝居を観劇。
ちょっと前まで、日本人て自然だけじゃなくて、
神様とももっと仲良しだったんだなと思う。

ともだちのお家のオープニング。
みんなとの出会いがあるから詩が生まれるという幸+福のライブと
おいしいごはん付きだった。

富士山を巡るせかいへいわといのりの日
(World Peace & Prayer Day Mt.Fuji)のお礼参り。
2日間かけて、ぐるっと一周。富士山、かみさまたち、
どうもありがとうございました。

1975年に活躍していたバンド「アケト」の一日だけの復活ライブ。
日本のピンクフロイドっていう印象があるときこり。
30年以上前の歌をいまの自分が歌うって不思議。
たぶん平均60歳くらいの男の人たちの本気のライブ。
かっこいいものだ!

静岡県の富士宮で富士山物語を観劇。
第二次世界大戦に突入して、日本のため、家族のためと
たくさんの男の人が戦地に出てゆく中で、
残された妻や家族が富士山にたくさん登ったことを知った。


あっという間に時間は過ぎてゆくけれど、
どれも忘れたくないなー。

全部を通じて感じたのは、
人間はすばらしいんだってこと。

普通に暮らしている人たちが本気でお芝居を作る。
演技をしたり、舞ったり、唄ったり。
ギターを弾いたり、大きな声を出したり。

台所でことこと野菜スープを作ったり。
初めて会ったこどもたちと一緒に笑ったり。

は~、楽しかった。

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野菜を干してますますおいしい。
2008年11月18日 (火) | 編集 |
うちの畑がひもじいので、
近所のおばちゃんちが野菜をくれる。

家庭菜園の愛情たっぷりの野菜たち。
時にはごっそりやってくる。

この季節は大根。

ひと冬分の漬け物を作るし、3世代同居の家も多いから、
それぞれのお家でかなりの量の大根の種を蒔く。

ということで、大根や大根の葉っぱ、
あとは蕪の葉っぱも干してみた。

干した野菜たち

大根は、使いやすいように、拍子切りと輪切り。

拍子切り

輪切り

干すことで、味が深まり、滋養も増えるって、
魚柄仁之助の本に書いてあったから、
久しぶりに作ってみることにしたのだ。

前も干し野菜を作って面白かった。

野菜の表面が乾いてきて、全体にしわしわしてきて、
元の大きさを忘れるくらい、ちびっとなる。

わたしの場合、干している時は理科の実験気分で
気が干し野菜に向かっているんだけど、
出来上がっちゃうと、すっかり忘れてしまい込んじゃう。。。。
たぶん、おととし作った切り干し大根がまだ残っている。。。

今年の冬は干し野菜のスープをたくさん飲もう!

霜が降りて「しもやけ」。
2008年11月18日 (火) | 編集 |
霜が降りたー。

ま、先週の金曜日のことなんだけど、
うれしかったのだ。

東京から富士山の裾野の富士吉田に引っ越してきて8年。
毎年の最初の霜を見たことがなかったし、
気がつくと霜はいつも降りていた。

朝、早く起きれないのがなによりの理由なんだけど、
赤ちゃんみたいに夜早く寝て、朝は太陽が上がる頃に起きるのが
きもちいいんだてことがやっとわかってきた今日この頃。

たつみち脇の霜-1 たつみち脇の霜-2

かわいい、かわいい。
自然の作るものは、ホント~にうつくしい。

庭の柿や銀杏たちの葉っぱが落ち、
地面は枯れ葉で真っ黄色。

池の脇の紅葉は緑から黄色、最後には真っ赤になった。
今日は紅葉のてっぺんの葉っぱがくしゃくしゃになっていた。

屋根の塗装にきてくれている友達がそれを見て
「焼けたね。」と言う。

「へ~、そういう言い方をするんだ。」と訊いたら、

「“しもやけ”って言うでしょ。」だって。

ほ~、なるほどなるほど。

そろそろ冬だ。

そして来月はわたしの誕生日!
うっしっしー。


富士山の世界遺産、国際シンポジウム報告。
2008年11月10日 (月) | 編集 |
静岡県富士市で、昨日、富士山の世界文化遺産登録を
テーマにした国際シンポジウムが開かれた。

主催者は富士山世界文化遺産登録推進両県会議。
いつも思うけど、長い名前だなあ。

富士山の世界文化遺産登録活動がはじまって
シンポジウムは開かれていたけれど、
国際と名のつくのは初めてだ。

基調講演は、

建築遺産専門の大学教授で、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の
世界遺産委員会で議長を務めたこともあるクリスティーナ・カメロンさんと、
同じく大学で教鞭をとりながら、世界遺産センターや国際記念物遺跡会議
(イコモス)や国際保護自然連合(IUCN)と連携して、文化的景観の研究を
されているノーラ・J・ミッチェルさんの2人の女性。

どちらも世界遺産の専門家だ。

国際シンポジウム


その後のパネルディスカッションでは、

2004年に世界文化遺産に登録された「紀伊山地の霊場と参詣道」の
最初の言い出しっぺの田中利典さん(金峯山修験本宗宗務総長、
金峯山寺執行長、吉野ユネスコ協会副会長)が加わり、

コーディネーターは、
筑波大学大学院人間総合科学研究科世界遺産専攻の教授で、
静岡県の富士山世界文化遺産登録に向けて発足した学術委員の稲葉信子さん。


わたしが富士山の世界文化遺産登録に向けた活動を
ぐっと身近に感じ始めたのは最近だ。

まず10月末に市主催の説明会が開かれて、
その後、自治体単位の説明会が数日前にあって、
わたしはどちらも行ってきた。

そこで感じたのは、市は県から選択肢のない仕事が
降りてきて、市の役割を市民に迷惑のかからないような
程度で規制をかけて、なんとか滞りなく済ませたい、
という空気だった。

でもその場にいたことで、いかにこの地域の人たちが
富士山の世界遺産登録に興味がないか、
自分たちと関係のあることだと感じていないか、
また、感じている人たちこそ、こういう場にこないんだな、
ということがわかったから、行ってよかったのだ。

わたしはそれでも、富士山が世界遺産になる
ってことがどういうことなんだろう?って思った。

そういう意味では、昨日の国際シンポジウムは
話された内容は、具体的で、実践的だったし、
ユネスコがなぜ世界の自然遺産や文化遺産の保護活動を
しているのか理解できたし、富士山のいまの登録の活動に
足りないものも、わたりなりに見えた。


この間の富士吉田市主催の自治会単位での説明会で、

「富士山のスバルライン(山梨県が作った有料道路で
裾野から五合目まで簡単に車で上がれる)を作った影響で
五合目は銀座よりも人が集まっている。富士山は観光ばかりを
優先されている。
世界遺産というのは古くからあった伝統を遺産とするもの。
これを廃止するくらいじゃないと世界遺産にはなれないし、
いまのままだと失敗するだろう。」

と言った人がいて、わたしはほんとうにそうだなあと思った。


昨日、田中利典さんは、今日は天命で来たとおっしゃり、

「吉野(奈良県)はここ20年くらいで環境が急速に壊れてきた。
世界遺産は自然と文化を保護・保全するもの。
ここは世界遺産になる価値があると思ったし、
もしならなくても環境がいい方へいけばいいと活動を始めた。
日本の多くの世界遺産は主体者がいないが、
ぜひ富士山は、浅間神社の関係者や地元の人、役所の人たちが
イコモスがいう「カストーディアン(第1の門番)」となってほしい。
世界遺産の登録は保護・保全のスタート。
明治以前の日本人が持っていた霊性、感覚を
取り戻すような感覚を取り戻すような活動をしてほしい」と話された。

田中さんの守られている吉野・大峯は修験の聖地。
明治以前は日本列島の人口3300万人に対して山伏は17万人。
でも明治元年の神仏分離令(正式名は神仏判然令)によって
山伏は激減したそうです。



富士塚(天の香久山) 天の香久山参道


行きによった富士市にある富士塚(天の香久山)。
参道もあって、山頂には「浅間宮」。

焼きそばナン

こっちのいかにもジャンクな食べ物「焼きそばナン」は
会場となった富士市交流プラザの喫茶コーナーで。
食べ終わってから写真を取らなかったことに気付いたので、
本物の画像はありません。味は見た印象のままだと思う。

帰りの道中、焼きそばが「富士宮やきそば」じゃなかったことに気付き、
きこりやともだちと大笑い。そうね、会場は富士市だった。

車のナンバーを富士山に。
2008年11月06日 (木) | 編集 |
うちの車のナンバーが「富士山」になった。

静岡県と山梨県の富士山のある地域に住んでいる人は、
11月4日から「富士山」の車のナンバーを選べることになったのだー!

富士山ナンバー斜め前から

うしろから見ると、

富士山ナンバー後ろから

うれしいのでもうちょっとアップ。

富士山ナンバー後ろアップ


この車はスズキのジムニーですが、
うちにはもう1台車がある。

貧乏なのに、3人家族なのに、2台もあるのだ。
坂道も多く、冬は雪は降って、電車やバスは不便。
この辺りは車社会で大人一人1台が当たり前で、
地方にもカーシェアリングの波がきてほしい!

で、そのもう1台も近々富士山ナンバーに変更予定。

同じナンバーの「8943」になります。

カムナビの電話番号の末尾でもあるんだけど、
もっと大きな意味があるのだ。

といっても、わたしではなく、きこりの思いついたもの。


以下は、きこり発。

吉田口頂上の外輪山・久須志ヶ岳は
廃仏毀釈による明治時代からの呼び方です。

古い冨士山信仰では、外輪山の八峰(八葉)には
仏教の神仏の名が与えられていました。

火口の御内院を合わせ「八葉九尊」と言っていました。

大日岳を朝日岳と呼びかえ、薬師ヶ岳を久須志ヶ岳などと
言い直したのです。

岳と山の違いは、険しい男性的な山岳を岳で、
穏やかな女性的な山岳を山と、しているようですが、
薬師ヶ岳を女性性と親しみを込めた「薬師さん」と
言い換えたのが八(や)九(く)四(し)三 (さん)なのです。

クコの実が赤くなってきた。
2008年11月04日 (火) | 編集 |
10日くらい前に植えたクコ。
実が赤くなってきた。わ~い。

クコ赤


ビワ。移植して葉っぱを干す。
2008年11月02日 (日) | 編集 |
わたしのぴっかぴかの20代(笑)、東京時代。

会社の先輩からビワの木をいただいた。

うれしかったけれど、文京区のアパート暮らしで置き場所がなく、
都下の実家で、いつか引き取るからと大きな鉢で育ててもらった。

2001年に富士吉田へ来ることになって、
実家に取りに行き、小さな植樹祭をきこりとした。

都下とはいえ、昭島の実家よりもこっちはずっと寒く、
秋に花は咲くけれど(いまは蕾み)、春になっても実にはならない。

ビワは常緑(一年中葉っぱがある)の樹木なので、
この辺りでは、本当は合わないんだと思う。

富士五湖地域にもともと成育していた樹木は、
寒くなると葉っぱを落として、厳しい冬を乗り越えるために、
無駄なエネルギーを排除する。

植物にとっては、葉っぱを維持するって
大変なことなんだって。

だから、ごわごわと厚みの有るしっかりした葉を持つ
ビワは本当はこの地域には向いてないということだ。

なので、わたしは雪が降ると、雪の降っている中、
ビワに積もった雪を落としたりする。
勝手に合わない土地に連れてきてしまったから。

そんなビワ。たしか2003年くらいに、
ビワを増やすために、幹の根元から生えてきていた
細めの木をのこぎりで幹から切り離し、
自分で根っこを出してもらうようにしていた。

その切り離していたビワの木を、
数日前、カムナビの森に移し替えた。

実は成らないけれど、葉っぱをいただいて、
お茶にしたり、焼酎につけたり、湿布にしたりする。

移し替えてから、毎日挨拶。

そしたら、葉っぱに斑点が出てきていた。
これまでそんな風になったり、病気になったこともないのに。

3本移植したんだけど、特に2本、出ていた。

移植すると、根っこが新しい土の中で栄養を取ったり、
根を張らしていくのに、エネルギーと時間がかかる。

きっと葉っぱが多すぎるんだときこりと話し合って、
重なりすぎて日の当たらない葉や、増えすぎた枝を剪定して、
でも葉を減らしすぎると光合成が出来なくなっちゃうので、
ほどほどのところで終了。

また、毎日挨拶に行っているんだけど、
だいぶ様子が落ち着いてきたみたい。

勝手に感じているだけだから、
本当にわかっているかはわからないけれど。

今日は、その葉っぱを洗ってざるに干すことにした。

昼間のあったかい時間にぱっぱと作業。

ビワ、洗う前

ざくざく洗って、すすいで、
5つのざるでちょうどの量。

洗い終わったら陽射しが強くて、
洗う前と同じ露出で写したら、
画像のまぶしさに差が出た。

ビワ、洗った後

ビワの葉っぱのお茶をしまっている缶を開けると、
ビワの実と同じ、やさしくておいしそうな香りがする。
朝、ビワのお茶を沸かすときの幸せ。

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