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富士山の世界遺産登録の住民説明会に行った。
2008年10月31日 (金) | 編集 |
今日は真面目に、富士山の話。

長い文章ですが、富士山が好きな方、富士山へ思いのある方、
よかったら読んでみてください。

わたし個人の感想や考えを書いていますが、
知ってもらったり、なにかのきっかけになるとうれしいです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

世界文化遺産登録に向けて、富士山のある山梨県、静岡県は、
積極的に準備を進めている。

1998年に、富士山はユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の
認定する世界自然遺産候補から落選しているんだけど、
今度は、では「自然」ではなく「文化」での遺産登録を目指そう!
と方針を切り替えて、両県は再び動き出している、というのが
おおまかな流れです。

そして2005年、文化庁と文部科学省に、富士山のある山梨県と静岡県は
世界文化遺産登録に向けた要望書を出しました。

それ以来、他の市町村では住民向けの説明会が開かれていたのに、
富士吉田市は開催されず。でも市役所には担当部署が発足し、
準備は進んでいました。

わたしは、誰のための、なんのための、世界文化遺産登録なのか、
ずっとわからないできています。

地元から盛り上がったいった話ではないし、
富士山の信仰文化や自然環境を守ろう、という面では、
いくつかの法律や市町村の条例などで守られているから。

富士山は「特別名勝」であり、原始林は「天然記念物」。
なので「文化財保護法」という法律がある。

また、富士山は「富士箱根伊豆国立公園」内にあるので、
「自然公園法」というしばりがある。

さらには、富士山のある県や市町村にも条例があり、
ほんとうに多くの法律や規則の中に富士山はいるのだ。

山梨県と静岡県では、「富士山憲章」なるものを
制定していて、富士山の自然と文化を守っていこう、
継承していこう、っていうようなことを掲げている。

なので、さらにまた富士山を世界文化遺産にしたいとは、
どういうことなのか、何をしたいのか、だれか教えてほしい、
とずっと思ってきた。


でね、やっと、ほんとうにやっと、
おととい、富士山の世界文化遺産登録について、
富士吉田市役所主催の説明会が開かれました。

上吉田地区の自治会や婦人会の役員、関係の団体向け。
一般住民向けは来週、各地域で予定されている。

わたしときこりは冨士山北口御師団経由で10日前くらいに通知があり、
「え~、急すぎるよー。」と文句を言いつつも、揃っての参加。

会場である体育館には市長や市議会議員、担当部署の部長が
スーツ姿で揃っていました。


部長や市長の挨拶を含めて1時間程度の話がありました。

説明会の開催が遅くなったことのお詫びがありましたけれど、
トータルの話を聞き終わって思ったのは、いま市が策定している
世界文化遺産条例(仮名)の説明会であって、
市として、この登録活動に向けての考えや姿勢、必要な時間や
予算などの話はなかったなあ、という残念なもの。


世界文化遺産登録には、国の認めた文化財(自然や建造物など)を
構成資産としてリストを作成し、それらの保存管理計画の策定が必要です。

ということで、富士山の裾野の街であり、富士山の信仰文化と
関わりの深い上吉田地域にも、一定の規制が必要である。

だけれども、みなさんの生活に支障があってはならないので、
建造物に対して、高さ制限を設けたい。しかし、もともと、
この地域は建築基準法の日影規制というのもがあって
高い建物は作れないので、実際には新しい規制ではない、
という説明だった。

構成遺産に関しても、既にある法律に準ずる方向、
とのことでした。

現在、世界遺産条例なるものを作っているところで、
こうい条例は国内の市町村で策定するのは初めて。

市としては自慢になるポイントですね。

でもね、わたしは思いました。

いくら県が押し進めてきたことだからといって、
住民への説明はなく予算を使ってきて、
なおかつ、富士山をほんとうに大事に伝えていく、
文化を残していく気持ちがないんだなあと。


富士山はやっぱり聖地です。

今年は約25万人の人が夏の富士山に登りました。
その中で500人以上の人が救護所のお世話になり、
4人が亡くなりました。

道幅の決まった登山道は、多くの疲れた登山者が座りこみ、
渋滞を巻き起こし、軽装の人や体力のない人も多く、
大変な夏だったそう。
(富士山のガイドをしている友人の談)

富士山は、南アルプスや北アルプスのどの山より高いし、
聖なるお山なので、体調を整えること、体力をつけること、
自分に必要な装備をしっかり考えて揃えることはもちろんのこと、
心も整えてから登ることがなにより重要です。


裾野では、富士山をぐるっと演習場が囲み、
自衛隊や米軍が訓練を行い、戦車の道が出来、
富士山に向かって砲弾を打っています。

そこの土地はもともと地元の人たちが木を切ったり、
山菜や屋根のための茅をいただいてきた場所で、
一方的に国に奪われたと反対運動も起こったし、
いまもそう思っている人はいます。

また、国の指定をいまは受けていないけれども、
保存してほしい遺産はもっとある。

そういう課題や問題をいまの世界文化遺産登録活動は
触れないように、見ないようにしているように感じます。

せっかく登録を目指すのなら、富士山の利用の制限や
資産、遺産の見直しがあったら、税金を使ってもいいと思うんだけど。


説明会では、きこりとあと3人かな、質問しました。

北口本宮冨士浅間神社の前の道がいまは2車線ですが、
4車線に広げることが決まっています。
その際に、規制は設けないのか、という質問が興味深かった。

この2車線の道はいつも車で混んでいます。

大きいな檜の立ち並ぶ参道を出ると、車のスピードと排気ガスで
嫌な気持ちになり、これにわたしは慣れることがない。

ここが4車線に広がって、向かい側にファミレスや郊外型の
大きな店舗が並び、夜中も看板や室内の明かりがあったとしたら、
もっとがっかりな景観になるだろう。

ちなみに、きこり案は、地下に道路を作って、
車は地下を走ってもらう、です。

富士吉田市のまちづくり委員会で発表もしたんだけど、
いまのことろ、採用されていませんね。もったいない。


遺産登録エコバッグ 遺産登録エコバッグ2

当日無料で配布された折りたたみのエコバッグ。

ここのところ、至るところでエコバッグが配られていてうんざり。
みんなでエコバッグを作ってどうするんだろうか。

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歩道に腐葉土が。
2008年10月29日 (水) | 編集 |
コウヤボウキをカムナビの森(神殿の裏の元竹薮)に去年植えた。

まだ15センチも背がないのに花が咲いていた。
やったーーーーーーーーー!

コウヤボウキ全体 コウヤボウキの花1 コウヤボウキの花2

元気で育ってくれてありがとう。

コウヤボウキは山地に生えている低木。
こっちに来てから植物の勉強をしている時に出会ったのだ。

富士山特有の植物ではなくて、関東から西で全国的にお元気。

高野箒という漢字を使います。
高野山で竹箒のかわりにこの植物を使ったのが由来だそう。
枝が細くてしなるから、適材だったんだね。


そして今日は一日快晴が続き、外の仕事を張り切った!

うちは表の国道から裏の市道まで土地が続いている。
つまり土地が細~いのだ。

家の裏側は目が行き届かないことが多くて、
げげっという事態がこれまでもあった。

何年もあーまずいなーと思っていたのが
裏の道の歩道問題。

うちの庭木の枯れ葉が落ちて腐葉土になり、
その腐葉土に裏の植物が根を伸ばし、
さらに草の種が飛んできて、歩道じゃなくなっていた。

裏の道は細いのに車通りは多く、スピードを出している車が多い。

だけど小学生が登下校でよく歩いているので、
歩ける場所を確保せねば!って思っていたのだー。

半年くらい前に三分の一くらい土を取ったんだけど、
そのまま時間がたってしまい、でもやっぱり気になるし、
そもそも、公共の道路に植物がわんかさ生えていることがいけない(笑)。

それに、手のかかってない場所って、ゴミが捨てられる。
パンの袋、空き缶、タバコの吸い殻などなど。


ということで、今日のわたしは本当にがんばりました。

歩道の腐葉土1

わかるかなあ。

シャベルの下の白い線が歩道のライン。
右側がうち。手前になるとまだ草と土が見える。

歩道の腐葉土2

厚み8cmくらいの土にがっちりとタンポポが。

いやー、土って重い。

太くて長いミミズたちもたくさんいた。
ミミズたちの活躍のお陰で土はふかふか。
庭や畑に、土と一緒に移動してもらった。

疲れると伸びと深呼吸をして、
ぴっかぴかの富士山を臨んだ。

裏道から富士


こちらは屋根の上から。
うっすらと雪が。

屋根の上から富士

お天気に合わせて仕事。
2008年10月27日 (月) | 編集 |
ひさびさに晴れました。

雨が続くと、自然と家の中でできる仕事になる。
家の掃除、片付け、調べもの、などなど。

からっと晴れると、お布団やハーブを干したり、
お風呂のスノコを干したり、
洗濯物をどっさり干したり。

うちは干してばっかりだ!


お天気の日の楽しみな仕事のひとつ、
こつこつと進めてきた布団の袋ほどき。
あと数枚です。

縫い目

縫い目がとてもきれい! 

太めの黒い糸。手縫いで、丁寧な仕事。
知らないだれかが何十年も前に縫ったんだなあとしみじみ。
お世話になりました。

日中、太陽が照っている時に、庭に古い敷き布団を持って出て、
石(昔かまどだった石!)に座って、縫い目をほどく。

1日1枚まで。
ちょうど30分くらいの仕事。

手はしっかりと動かしつつも、
最近だれかとあんな話をしたなあとか、
昨日のゆうごはんは辛かったなあ、、、と
太陽の強烈な日に照らされ、
顔はじりじりと焼かれて、
頭はぼーっとあれこれと勝手に動く。

布団をほどく作業を始めたときは、こんなに幸せな時間が
待っているとは思いもしなかった。お布団が終わってしまったら、
次はどうしよう。たまっている穴のあいた服の補修を
ミシンじゃなくて刺し子?
いや~、そこまでの時間はない。
でも、ゆっくり縫えばいいか。。。。なんて思ってます。

この作業をした日は、夜になっても身体があったかい気がするし、
日に当たるのって、どんなストーブよりも気分がいい。

布団の袋

今日も一枚できました。

イチジクとクコとツリバナ。
2008年10月22日 (水) | 編集 |
イチジクとクコの苗木が届いた。

毎年、地道に、ちょっとずつ、庭やお隣との境界や、畑のはじっこ、
カムナビの森(神殿の裏の小さな林)などに、苗木を植えている。

本来この地でいきいきと茂っていた樹木や、おいしいもの!、
生活の役に立つもの。それから、ここが大事なポイント。
富士山の北側という環境の厳しい寒冷地で、
無理なく生きていける樹木を選んで、ともだちから分けてもらったり、
苗木を買ったり、種から育てたりしている。

うっかりして、周囲の草がぼーぼーになり、小さな苗木に日が当たらず、
さらには丈夫なつる性の植物にぐるぐるにされてしまい、
枯れさせてしまうこともあった。

人の都合で植えるんだから、
ちゃんと目を配らなくちゃいけない。


で、今日はイチジクとクコ。クコは、クコの実という
名前で、よく乾燥させてあるものを売ってますね。

クコの実の薬膳がゆを作りたいなあ。


今日植えたクコは、いま実がなっています。

クコ苗木

わかるかな。まだ若い実なので緑色。

イチジクは、明治に日本に入ってきたという「早生日本種」。
耐寒性の強い種類です。

ツリバナの種

こっちはツリバナの種。
この辺りの山や林でもたくさん出会えます。

木自体は特徴のない落葉する低木。でも秋には釣り鐘のような
赤い仮種皮(種を包んでいるもの)の中にオレンジ色の種が
見え隠れして、樹海の脇の国道をさーっと走っていても、
この実を確認できて、とってもかわいい。

数日前に種を拾えたので、芽が出るといいなあと思って、
植木鉢に蒔きました。楽しみだなあ。

下吉田で「チベットチベット」上映会。
2008年10月21日 (火) | 編集 |
前からずっと見たかった映画、「チベットチベット」。

監督は在日韓国人3世の若いお兄さん、
金森太郎こと、金昇龍(キム・スンヨン)さん。

カメラを持って旅に出て、人に会い、街に会い、
歴史に会い、ダライラマ14世に出会い、
亡命チべット人たちに出会います。

チベットチベット


チベットの人たちが普通に生活できること、
わたしはただただ、それを願います。

全国のいろんな場所で上映されてきた「チベットチベット」が、
とってもうれしいことに、下吉田で上映会が開かれます。

主催のネパール料理のリンカもとてもおいしいです。
子の神通りの近く、ミリオン通りにあり!
近いうちに紹介したいな。

□ チベットチベット上映会 □

2008年11月3日(月/文化の日)

1回目 13:30(開場13:00)
2回目 16:30(開場16:00)
※各回入れ替え制、それぞれ定員20名。

場所:jazzhouse NOW
(富士吉田市下吉田 子の神通り)

前売り 1000円 当日 1500円
チベットのバター茶とチベットのお菓子カプセ付き!

問合せ ネパール料理 リンカ 0555-24-8893
    当日のみの問合せ 090-8514-0752(渡辺)

協力 ナノリウム

電話での予約受け付けてます。
リンカまで、時間を指定して申し込みしてください。


富士を降りた神様たち。
2008年10月19日 (日) | 編集 |
明治初年に政府から発せられた神仏分離令によって
富士山にいらした多くの仏像がお山を降りた。

内院(山頂の噴火口)に投げ入れられたケースも
あったようだ。

中近世では、神と仏は同じように見られていて、
富士山にも多くの仏像が奉納されていた。


今日は、以前は富士山に、そしていまは、
裾野のお寺や個人のお宅などにいらっしゃる
神様たちに会いに行ってきた。

富士吉田歴史民俗博物館の「富士の神仏」という
企画展の最終日。

館内には、ほんとうに多くの神様がいらした。

二合目から 一合目から

せつないような、ありがたいような気持ちになった。

富士山は気候がきびしいので、
夏になってお山開きになると、
社や室の主が仏像を背負っていったそう。

北口本宮冨士浅間神社の参道の途中に建てられていた
髄神門(ずいじんもん)にいらしたアラハバキ像も
いらしていた。

アラハバキ神

アラハバキ左 アラハバキ右

寄木造(よせぎづくり)で、身体はがっちりしていて、
足も太く、力強い筋肉がついている。


きこりと、人のほとんどいない館内で、
閉館時間まで満喫していたら、
一体の仏像の持ち主が見えた。

館内に入ってきて、まず仏像に挨拶をされて、
すぐに立ち去っていった。

閉館時間になったら、神道のお祭りの道具を
持ってきて、家族で祭事の準備を始められた。

約3ヶ月の間、歴史民俗博物館でお務めをしていただいて、
自宅(というのかわからないけど)に帰宅するための、
感謝のお祭り。

わたしたちは、その方とおつきあいがあるし、
そのお家で守られている仏像がいらしていることも
知っていた。これはとてもいい時に来たと、
お祭りに参加させてもらった。

ご家族と学芸員ときこりとわたし。

今日のために作られた祝詞を聞いて、
榊を捧げる。小さくて静かなお祭りだ。

この神様はいまも裾野で祈りを捧げられている。

大日如来像

山尾三省生誕70年祭「アニミズムという希望」
2008年10月02日 (木) | 編集 |
山尾三省さんは、きこりと縁の深い人だ。

きこりが初めて本を出版したのが三省さんの本だった。
『聖老人』という名前。いまは野草社から出ている。

一緒に富士山の胎内にも行ったことがあるそう。

三省さんは2001年の夏に、3つの遺言を残して亡くなった。

1 故郷である東京、神田川の水を飲める水に再生してほしい。
2 原発や同じようなエネルギー出力装置をすっかり取り外してほしい。
3 日本国憲法9条を全ての国の憲法9条に組み込ませてほしい。
 武力と戦争の永久放棄を、すべての人々の暮らしの基礎としてほしい。
 (言葉を少し書きかえたり、抜粋しています。)

これが遺言。

その三省さんがこの地球に生まれたことをお祝いして、
三省さんの誕生した日に、生誕70年祭が開かれます。

きこりはリレートークで話をします。

なにを話そうかと、三省さんとのことを
あれやこれやと思い出しているみたい。


□ 山尾三省生誕70年祭 □

アニミズムという希望
 ーあなたの詩が、言葉が、世界の宝となるー

10月11日(土)14:00~20:00 
東京・お茶の水・全電通ホール
前売り2500円/当日3000円

□ 第1部 リレートーク □
長本光男(長本兄弟商会・八百屋)
加藤行衞(日本山妙法寺・僧侶)
渡辺眸(写真家)
槇田きこり(冨士山北口御師)
兵頭昌明(山尾三省記念会代表・屋久島)

□ 第2部 シンポジウム □
今福龍太(文化人類学者)
鎌田東二(宗教学者)
田口ランディ(作家)
長屋のり子(詩人)

□ 第3部 三省の詩を歌う □
李政美 長沢哲夫 内田ボブ 松井智恵 山本純
じゅごん 眞理ヨシコ(堀之内幸二 龍聡 賀川純)

主催 山尾三省生誕70年祭実行委員会
後援 山尾三省記念会
問い合わせ先 野草社(tel 03-3815-1701)
       新宿書房(tel 03-3262-3392)
       地湧社(tel 03-3258-1251)

前売券は、電話で確認のうえ、
「ゆうちょ銀行・振替口座 01000-9-74497 加入者名 野草社」へ
お振り込みください。前売券を郵送します。


同時開催【山尾三省回顧展】
10/9日(木)~13日(月)
10:00~19:00 入場無料
space NEO(全電通ホールの近く)
東京都千代田区神田小川町2-10-13
tel 03-5281-7820


村山の浅間さん。
2008年10月01日 (水) | 編集 |
「静岡県に住んでいるんでしょ?」とよく訊かれる。
富士山の裾野で暮らしているというと、
多くの人が東海道新幹線から見える富士山を想い、
そういう質問になる、というわけです。

でもここは山梨県の富士吉田市。
臨む富士山の形も違うのだ。

滅多に静岡県に行くことがないんだけど、
昨日は富士宮市の友人宅へ行った。夏至以来。

その友人も訪れたことのないという村山浅間神社へ
しとしとと雨の降る中で訪れた。

村山浅間表の鳥居

(注:時代物の絵はがきではなくてわたしが写したものです)

雨の神社って、こころが落ち着く。

わたしもここの浅間さんは初めて。
ちゃんと自己紹介をする。

そして、友人ときこり、わたし、
それぞれのペースでぶ~らぶら。

敷地内にはお寺(大日堂)と神社がある。

一番最初の入り口は村山浅間神社の入り口だけど、
境内に入ってみると、それぞれに重みがあり、
尊重されて、多くの修験者たちが祈りにきたことが
実感としてよくわかった。

護摩を炊く場所や水垢離場があり、とても興味深い。

境内と駐車場の間の道をきょろきょろしていたら
「村山口」と掘られた石があり、最近になって石畳が
敷かれたような登山道を見つけた。

「一石運動」といって、村山口富士山登山道の
石畳復元事業をしているそうだ。
もともとあった古道ではないそうですが。

村山入口  村山入口-2


本殿の脇の裏の方に、氏神社があった。
なんとなくひっかかった気持ちで階段を登っていったら、
蛇がいた。細くて長い蛇。美しいけれど、全く動かない。

村山浅間さんの蛇

まるで通せんぼう。今日はこれ以上
入らない方がいいんだと引き返してきた。

次にここを訪れるのは、
山開きのお祭りか、村山口富士山登山道を歩くか。
どっちもよいなあ。

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