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茶箱、大好き!
2007年12月29日 (土) | 編集 |
働いた茶箱 新入りの茶箱

今日は茶箱を探して、市内のお茶屋さんを回ってみた。
お客さん用のリネンをしまうために欲しいのだ。

ぱっと思いつくところは3軒。
うちから車で5分もかからないお店ばかり。

1軒は、ソフトクリームも売っていて、おすすめは
ほうじ茶ソフト。抹茶味と1週間ごとに交代する。
食べた後の口の中にほうじ茶の苦みが残っておいしい!
だけど、わたしは冷え性なので、冬は食べないことにしている。

譲っていただける茶箱はないか、訊いてみる。

「茶箱はそもそも、お茶農家がお茶を送るときに
使ったもので、いまは段ボールがその役目を
果たしているために、使われなくなったんです。」

とのこと。

さらに、

「茶箱を作る職人さんも減っていて、高齢化も進み、
あと10年、20年もしたら、ほとんどいなくなってしまう
かもしれません。でもいまは注文で作ってもらえますよ。」

なので、少しだけあった在庫を見せてもらった。

大きさはいろいろ。今日は20kg(お茶が20kg
入る)などを見せてもらって、買ってきた。ぴっかぴか。

安くはなかったんだけど、とにかく長ーく使いたいので、
プラスチックだと弱いし、寒冷地なので、寒い冬でも
割れないものがいいし、つづらは高価だし、
行李だとねずみや猫が怖いので、ここはふんばって
やっぱり茶箱。

茶箱は、木でしっかりできているし、
内側はトタンが張ってあるので、湿気を逃がしつつも、
中のものを汚さずに、しっかりしまっておける。


2軒目は、古いものなら捨てるのがもったいなくて、
いくつかあるとのお返事。年明けに再度うかがって、
実際に見せていただくことになった。

この年末の忙しいときに飛び込んだのに、
とても感じよく対応してもらって、
ほんわかした気分で車に乗ろうとしていたら、
「ベビーベッドはいりませんか」とお店の方から
声をかけられた。

カムナビでちょうど欲しかったので、
これはいい!と、さっそくもらってきた。
「捨てちゃうとただのごみになっちゃう
から」とお店の方はおっしゃった。

車にベッドを乗せていたら、そのベッドで
育ったちびっこたちも出てきて、手伝ってくれた。


そして3軒目。楽しい、そしてちょっと不思議な
おしゃべりおじさんがいた。

その方曰く、茶箱は20年くらい前から
すたれてきたそうだ。その頃は40kgの茶箱が
多かったけど、その前は60kgなんてのもあって、
すごく重かったらしい。お茶を作る農家は
お茶と野菜の兼業農家が多く、力持ちだったそうだ。

茶箱から段ボールに変わってきた理由は、
お茶の包装袋の性能がよくなって、木箱で保存しなくても
よくなったからだと教えてくれた。

また、いまの配送業の人たちだと、そんな重い茶箱は
持てないし、すぐに落としちゃって箱が壊れちゃうそうだ。

なんてことをいろいろ話していたら、倉庫にもしかしたら
古いのがあるかもしれないので見ておいてくれることになった。


はー、楽しかった。

でも茶箱が衰退の一途をたどっているなんて
思いもしなかったな。残念に思う。

東京で働いていた時に、同僚と酔っぱらって
歩いていたら、お茶屋さんが茶箱を道に並べていて、
「欲しい方はどうぞ」と張り紙があった。

わたしたちは大喜びをして、
酔っぱらった顔で、大きな大きな茶箱を抱え、
電車に乗って、持って帰った。

それ以来、茶箱が大好きだ!

なんだか、茶箱への思い入れが強くって、
長いブログ日記になってしまった。

読んでくださった方、どうもありがとう。
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演習計画を知りたいんだけどな。
2007年12月27日 (木) | 編集 |
富士山にある北富士演習場は、
陸上自衛隊の演習場。

どういう演習をしているか、わたしたち市民は、
市の掲示場に貼られる演習計画という文書で
知ることができる。

どこの部隊が、どういう演習をしているのか、
っていうことがわかる。

例えば、実弾射撃をしているとか、
戦車を相手にした演習だとか、
野営をしているかどうか、
などなど。

でも、市の掲示場の文書が、12月8日(土)以降、
新しい情報に変わっていない。

昨日、担当している富士吉田市の演習場対策室へ
電話をかけてみた。最新の演習を知りたいからね。

電話に出た人は、早急に対応することと、
市民だとしても個人宛に演習計画の文書を
FAXすることはできないと言った。

口頭で、年末年始の実弾演習をしている期間
程度の情報は教えてくれたけれど。


今日の午後、掲示場へ行ったら、
前のままだった。

今日は26日。
演習の内容はいまだにわからない。
富士山に向かって、今日はどんな演習が
あったんだろう。

わたしの住んでいる街では、自衛隊の大きな車が
普通の車のナンバーと違うプレートをつけて道を走り、
装甲車からは大砲のようなものが見える時がある。
今年の冬至。
2007年12月24日 (月) | 編集 |
雪が積もった池脇の熔岩灯籠 河口浅間さん新しい注連縄 河口浅間さん駐車場からの富士

おとといは冬至。
一年で暗闇が一番長い日。
これからは夏至に向かって、日が長くなる。

うちでは、中庭や裏庭の、屋敷神や神殿の裏で、
火を焚いて、小さなお祭りをした。

それまで雪は舞っているくらいだったけれど、
だんだん本格的に降り始めて、朝起きたら、
25cmくらいは積もった。今年最初の積雪。

雪が積もると、街の音が雪に吸収されて
しーんとなる。気持ちがいいのだ。


うちは中門から外門まで100mくらいかな、
たつ道と呼ばれる私道があって、そこの雪をかかないと、
外に出られないので、昨日の最初の仕事は雪かき。

近所のおばちゃんが通りかかって、
「がんばってるねー」と声をかけてくれる。うれしい。

午後は、縁のある河口浅間神社へ。
夫のおじいさんは、この街の御師のお家に
生まれた人。うちに養子に来てくれたのだ。

この日は、ここの氏子さんたちが神様に捧げるために
作っているお米の藁で編んだ注連縄を
新しい年を迎えるために取り替える大事な日。

雪かきを終えて行ったら、作業は終わっていたけれど、
注連縄はぴかぴかだった。

駐車場からは、富士山がやさしく笑っているように見えた。
煤払い箒でしみじみ。
2007年12月22日 (土) | 編集 |
煤払いの箒 ボケの実

きのう、夫が煤(すす)払いの箒を作った。
ここ数年はわたしが作っていたんだけど、今年は夫。

マダケでシンプルに作っていて、
わたしはこの箒がけっこう好きだ。
作る作業も楽しい。

いつからの風習かわからないけれど、
12月になるとこの箒を作って、家中の天井を掃く。

煤払いのための箒なんだけど、煤って、そもそもは、
煙や塵なんかが黒くなって、天井や梁にくっついたり
するもの。うちにも昔はいろりがあったり、火鉢を使ったり
していたから、煤が出たんだね。

いまでは出ないんだけど、ほこりやクモの巣があるし、
この箒を触ると今年もそろそろ終わりだなーとしみじみして、
なかなかよい。なので、これからもずっと続けたい。


☆箒の隣は、ボケ(バラ科、ボケ属)の実。
ボケの木の足下にひっそりと、でもたくさん落ちていた。
今日は冬至でゆず湯に入る人が多いと思うんだけど、
うちはボケ湯にしようかな。不眠症、低血圧、冷え性に
よいそうです。(『新訂 原色牧野和漢薬草大図鑑』より)
干し柿をもみもみ。
2007年12月19日 (水) | 編集 |
外からみた干し柿列 干し柿てもみ中

柿の古木が今年もたくさんの柿を実らせた!

わたしは干し柿を作ったことがなかったんだけど、
夫が小さな頃は、冬のおやつだったそうだ。

このあたりは寒冷地なので、柿はみんな渋柿になってしまう。
甘い柿の木を植えても、渋~くなるのだー。

なので、干して甘くしたり、お風呂に一晩浸からせて
渋を抜いたり、いろんな知恵の詰まった食べ方がある。

で、もう5年くらいになるかな。
わたしも干し柿作りをするようになった。

柿の葉が落ちて、実がきれいな柿色になった頃、
でも霜が降りると柿も凍ってしまうので、それよりも前。
それくらいが目安で、柿の実をいただく。

うちの柿の木は大きくって、2階の屋根に登って、
高枝切りばさみを使ったりして、それもまた楽しい。

大きな竹のざるに何杯も取って、雨の日や夜は、
しばらくは柿の皮むき。

皮むきをひたすらするのって、地味な仕事で、
腕や指が痛くなるんだけど、穏やかな気持ちに
させてくれる。

東京に住んでいる友達に取ったばかりの柿を
あげたんだけど、その子はもうすっかり熟して
おいしく食べているそう。

こちらはまだまだ。
今日は手で柿をもんだ。何度かこれをすると、
やわらか~い、やさしい干し柿になる。

いつになったら、食べられるかなー。
富士山の裾野にある自衛隊の演習場。
2007年12月19日 (水) | 編集 |
立入り日の通知  北富士駐屯地業務隊長の看板

富士山の裾野には、自衛隊の演習場がある。

山梨県側は北富士演習場、静岡県側には、東富士演習場。
東富士演習場は8,809ha。本州で一番広いのだ。

北富士演習場は4,597ha。東富士より狭いけれど、
ここに立って周囲を見回すと、ススキがどこまでもどこまでも
広がっている。

秋はススキが太陽に照らされて、とーってもうつくしい。
満月の夜は、満月の光に富士山が黒く浮かび上がって、
言葉にならない世界。

だけれども、戦車も普通に走ることの出来る道が造られていて、
「戦車射場」とか不発弾の危険を知らせる看板があったりする。

富士山に向かって、自衛隊は射撃をしたりしているのだ。
なんとも悲しい。とっても悲しい。


北富士演習場は、この地に暮らす人たちが生活や生業のために、
茅や植物などを富士山からいただいてきた土地。

1936年に旧日本陸軍の演習場になって、
敗戦後は米軍に接収されて、実弾演習がされるようになって、
1973年には、自衛隊が管理する演習場に使用転換されて、
現在に至っている。

演習の日は、家の中にいても、地響きがしたり、
どーんという音が聞こえてきたりする。

いまは、一般の人は、立入り日だけ、
演習場に入ることができる。

地元の人は、入会権(いりあいけん)があるので、
許可なく、お盆のお花をいただいたりできる。
そうでない人は、入山鑑札(一人500円)が必要。

入山鑑札というものがいいのかどうかはさておいて、
いまはそういう決まりになっている。

詳しくは、富士吉田市外二ヶ村恩賜県有財産保護組合
(でんわ0555-22-3355)へどうぞ。


今月の北富士演習場の立入り日は、

2日(日)、9日(日)、16日(日)、
23日(日)、24日(月)、30日(日)

です。

立入り日は、24時間、誰でも入ることが出来ますが、
不発弾には十分に気をつけてください。

ここの意味。
2007年12月14日 (金) | 編集 |
DSC04434_1.jpg

朝起きて、一番最初にすることは、
うちの中にある神殿の神様への挨拶と、
中庭にある屋敷神への挨拶。

神殿は、富士山を真ん中に祀っていて、
周りには縁のある神様がいらっしゃる。

屋敷神は、ここ何十年か、祠がくずれてしまっていて、
お祀りしていなかったんだけど、庭の整理をしていたら、
少しずつ、昔の祠が出てきたり、敷石のようなものが
見つかったりした。それはそれは、うれしかった。

そして今年の9月に、縁のある人たちが手伝ってくれて、
いまのような形になった。この日の喜びを忘れることは
ないだろう。

少しずつ、祠が見つかったりした時に、家族や近所のおじい、
このあたりの古いことをよく知っている人たちに、
いろんなことをきいてまわったけれど、どういう形で、
どこに祀っていいのか、なかなか見えてこなかった。

また、石はやっぱり重いので、わたしや家族だけで、
ほいほいと動かせるものでもなかった。

そして、ある時に、縁のある人たちが、
庭の草を刈って、どこにお祀りしたらいいのかを一緒に
考えてくれて、力のある人たちが石を持ってくれて、
あっという間に、気持ちのいい場所が出来た。

カムナビは、そういう人たちがやってくる場所、
帰ってくる場所であり、わたしはここをいつもきれいに
していることが仕事なんだ、とよく思う。
テーマ:富士山麓
ジャンル:地域情報
はじまりの日。
2007年12月09日 (日) | 編集 |
今日はわたしの生まれた日。
ブログを始めるのだ。

わたしがいま住んでいるところは、御師(おし)の家。

富士山に修行や祈りのためにいらした方の世話などのために
自宅を宿坊として使い、祈祷をしたり、お札を配ったりしていた。

古吉田という、ここよりも少し東側にあった場所から、
室町末期に移築してきたのだ。

縁があって、もう6年、ここで暮らしている。

標高約840m。富士山の麓の町。

季節の変化を肌で感じる毎日。
最近は干し柿作りに忙しかった。

富士山は見上げるほど大きく、凛として、光っている。
こんな富士山を日々望めて幸せ。

でも、富士山の裾野には広大な自衛隊の演習場があって、
日々実弾演習などが繰り広げられている。

演習の日は、家の中にいても音が聞こえて、地響きもする。

いまは世界文化遺産にするための活動が盛んだ。

ここで暮らしていると、富士山のいろ~んな面が
見えてくる。東京にいた時には知らなかったことばかり。

だけれども、今日もわたしは、富士山から吹いてくる風を感じて、
寒いけど、気持ちいいなーと思っているのです。

テーマ:富士山麓
ジャンル:地域情報
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