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お蔵出し、終わりました。
2010年10月27日 (水) | 編集 |
ざぶいですね~。

今日、バイトで富士山の5合目まで行きましたが、
「零度だよ~」とお土産やさんのおじさんが教えてくれました。
もう冬ですねええええええええ。

さてさて。

10月23日の土曜日のカムナビ家普請4-1「お蔵出し」。

おかげさまで、無事にというよりも、
予想よりもずっと進みました。ありがとうございましたっ!

ずっと雨が続いて、冷え込みも厳しくなって、
どうなっちゃうかなあと心配していましたが、
晴れて、寒さも少しゆるい1日。

ありがたいことに、当日は20名くらい集まり、
人と蔵から出してきた食器や道具類などで、庭は埋まりました。

こんなに仕舞ってあったのか!と、その場にいた人たちは全員感じたはず。


思い切って、蔵の物をなるべく全部出して、
いったん蔵をからっぽにする。

それらをもう一度、整理する。

建物としての蔵という視点で、蔵のチェックもする。


これらのことを思い切ってこの秋に手をつけて、
春からは、また新しい一歩をと思ってはいたものの、
思うのとするのとは、ほんとうに違います。


そして、それらの多くを洗い、乾かし、広間に並べました。


その後、きこりが出してきた物たちを整理しています。

月曜日は、どう考えても捨てるしかないだろうというものを、
近所の御師のお家のともだちと、彼のソウルメイトくんが、
美化センターへ軽トラで持っていってくれました。感謝!


あと、「お蔵入れ」の日程を変更するかもしれません。

予定を組んでくださった方には申し訳ないのですが、
11月6日(土)を延期するかもしれません。

からっぽになったお蔵を沼津の大工の北山さんに
チェックしていただいたところ、
基礎に白蟻が入った形跡があったり、
他にも問題が見つかりました。がーん。

でも、いまの段階でわかってよかった。

来週、家を見に来てくださる専門家の方々に
対処方法を相談して、今後の方針を立てます。

その内容次第で、お蔵入りを延ばして、
修理などをすることもあるかと思います。

それらのスケジュールがわかり次第、
伝えさせていただきますね。


しかし寒い。ほんとーに寒い。
冬に向けた体作り、がんばるぞー!
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「さとこさん」。
2010年09月17日 (金) | 編集 |
さいきん、「さとこさん」と呼ばれます。

なんとなく、あれれれれ?と思う。

よく考えると、わたしより年下の人が
増えてきた、ということのようです。

まあね、こんどの12月で40歳ですから、
もう大人ですよね。


いまのバイトで一緒に動いている人たちは
みんなわたしよりも年下で独身。

おおらかで素直でのんびりしていて、
自宅っ子独身生活を満喫しています。

そういう彼らを見ていて、自分がいま
なにを中心に暮らしているのか、
わかってきました。

そして、たしかに自分は39年生きてきて、
様々な経験を積んできたってことも。


20代の自分を思い出したりもしています。

欲しいものは欲しくて、
言いたいことはけっこう言って、
夜が好きで、
仕事をとにかくしたくて。

いや~、いまよりずっとおばかさんだった。

でも後悔はない。


こう言えて、よかったです。

そして30代もそう言えそう。

まだカムナビで生計は立てられないけれど、
片付けて、お掃除して、いろんな人に助けてもらって、
ここまでやってきたんだから、がんばったな~。


でも、でもですね、わたしは「さとこちゃん」とか
「さとちゃん」と年下から呼ばれるの、うれしいです。

日本の礼儀や敬語もいいんだけれど、
丁寧な言葉で話されるより、普段使う言葉で
話してもらうのも、ぜんぜん嫌じゃありません。

みんな、よろしくね~。
市長さんとの懇談会。
2010年06月27日 (日) | 編集 |
おとといと昨日、うちの山椒の実を採ってみました。

初めて採ったんだけど、小さなボールがいっぱい。

わたしがこのお家に来たころは、
実が生(な)らなかったんだけど、
なぜか3年前からかな、生るようになりました。

その山椒を剪定した木を試しに庭に挿してみたのも、
無事に土について、ぐんぐん成長して、
いまは実が生っています。

塩漬けと佃煮にして、おいしくいただく予定。
うっふっふ。楽しみです。


ところで、

この間、冨士山北口御師団の、御師屋敷に住んでいる人たちと
富士吉田の堀内茂市長さんとの懇談会が開かれました。

御師さんで、現職の市議会議員さんがいらっしゃり、
その方の提案で。

わたしときこりは、ふたりで出席。

これまで富士吉田市は、富士山信仰と深く関わり、
築100年以上の古民家が複数軒残る御師の家や街並みを
なんとか観光の目玉にならないのかと、
パンフレットを作ったり、地図を作ったりしてきました。

カムナビは無許可で掲載されたりすることもあり、
そのたびに、いやな思いをしたり、傷ついたりして、
市にはその気持ちを伝えてきたんだけど、
なかなか伝わっていないなあと思うことが多々ありました。

でもその懇談会で、市長さんはこれまでのことを詫びて、
市としては、御師や御師の家、御師の町並みを、
もっと多くの人に来てほしい、知ってほしいんだけど、
市としては、まったく策が見つかっていない、と
言っていました。

そうだと思います。

観光地としていま人気のある歴史のある街と
御師の町並み、御師の家の状況はだいぶ違います。

御師の家の多くは、いまも家族が普通に暮らし、
家の古さ、抱えている問題、将来の希望もそれぞれ。

簡単なことではないです。

たとえば、家を週末だけでもオープンすることだって、
実際に住んでいる家を掃除して、見知らぬ人を受け入れる
わけだから、よしっ!て思えないと、できないことです。

わたしは市長さんって、けっこう御師の家の人の立場、
気持ちをそれなりにわかっているんだなあって思いましたが、
一緒にきていた市の職員さんたちとの温度差を感じました。


でも画期的な集まりだったし、楽しかった。


カムナビはカムナビの道を進むのがいいですね。


あー、明日も山椒の実、探そうかな。
バイトに行く前に。早起きができれば。

山椒の実の佃煮と炊きたてのごはんがあれば、
もう何にもいらないかも。

夏至はお祈り。
2010年06月23日 (水) | 編集 |
21日は夏至でした。

太陽の出ている時間が1年で一番長い日。

わたしはきこりや仲間たちと、
富士山の裾野の、大事な場所で、
お祈りの時間を持ちました。

すべての命が尊重されますように!

4年目の命日の散歩。
2009年02月09日 (月) | 編集 |
昨日は榮さん(夫・きこりの父)の命日だったので、
家族でのんびりと過ごした。

わたしは昼間、ひとりで散歩にでかけた。

身体はだいぶ癒えてきたのでちょっと遠出に挑戦。

北口浅間さんの裏手にある大塚山に挨拶をし、
吉田口遊歩道の入口まで、てくてくてくてく。

浅間さんの裏手には、木の周囲が4mくらいありそうな
大きな木がどっしりと立っていて、それぞれを見上げて歩く。

富士山に続く吉田口登山道は、いまや車がびゅんびゅんと
走り過ぎる道となり、ゆったりと歩くことは出来ない。

それに代わるように、登山道沿いの森の中に
吉田口遊歩道という全長1.4kmの道が整備されたのは3年前。

地面は土。木々に囲まれ、気持ちがいい。

入口にはアカマツ(たぶん)の巨木がいらして、
退院後初めての散歩に少し疲れたわたしは、
根元近くに座らせてもらった。

吉田口遊歩道入口の巨木

落ち着くなあ、気持ちいいなあ、
やっぱり森はいいなあとぶつぶつ独り言。

ウクレレをケースから出して、
楽譜も出して、歌ったりした。

帰り道、浅間さんの境内にある諏訪神社にご挨拶。
榮さんのデザインした手拭いが額に入れて飾ってあるのだ。

境内をぶらぶらしていたら、アカマツの冬支度を発見。

アカマツの冬支度

下から上がってきた藁を縄状に編んでいるように見えるけど
まったく自信はありません。でもかっこいいね。

誰しもが、いつかは通る道。
2009年02月04日 (水) | 編集 |
近所の御師のおじいさんが亡くなった。
昨日のことだ。

郵便局の帰り道に、家族が楽しそうに
家事をしている姿を見たので、亡くなったのは、
それ以降のことなんだろう。

わたしはそのおじいさんがとても好きだった。

率直な人だったからだ。

そして、いつもいろんな人に声をかけていた。

かなり価値観の違うであろうきこりのことも
それなりに認めてくれていて、
なにをするんだかよくわからないけれど
期待はしている、っていう感じだった。ははは。

わたしにも、よく話しかけてくれた。

90歳で亡くなったそうだけど、最近まで車の運転もしていた。
おしゃれな人でもあった。

わたしが最後に会ったのは、ある会議の時だったけれど、
ズボンがずりおちそうになっていた。

身だしなみをきれいに整えている人だったから、
「あ、老いがここまできている」と、はっとした。

そういえば、ずっと持っていた威厳が少しやわらかくなって、
口元がふるえていることもあった。

誰しもが通る道。

どんなに頭の切れる人でも、美人さんでも、
お金のある人でも、もうろくしていく。
わたしももちろん、そっちの世界へ向かっている。

きこりはいま、お悔やみに行っている。

わたしはお悔やみに行く気持ちになれなかった。

そのかわりに、昨日の夜、一人でワインを買ってきて、
うちでお別れ会を開いて、これまでのお礼と挨拶をして、
これからも見守っていてほしいとお願いをした。てへ。


25年以上前のミシンの説明書。
2009年01月24日 (土) | 編集 |
小学生の頃に買ってもらったミシンの説明書が
今日、メーカーから届いた。

当時の最先端ミシンを誕生日のお祝いに
親にねだり倒して買ってもらった。

1983年に発売されたもので、26年も前の製品。
わたしはいまも使っているんだけど、
このミシン、案外たくさんの人が使っているのでは
ないだろうか。

ジャノメのメモリークラフト6000というミシンで、
ボディは金属でがっちり。とにかく丈夫。
デザインに甘ったるさがなくて好きだ。


メモリークラフト

(わたしがいま撮った画像だけど、部屋が暗いので、
結果的に、昭和なトーンになりました。
ちなみに、フラッシュは好きじゃありません。)


幾度かの引っ越しで説明書をなくしてしまい、
蛇の目ミシン工業さんに説明書がほしいと連絡したら、
説明書のコピーを送ってくれるという。
送料込みで605円也。

昔から、説明書を読むのが面倒だったみたいで、
中味を読むと初めて知ることばかり。
これまでよく適当に使ってきたもんだ。
でも、優れた道具って勘で使えるものですよね。

うれしかったのは、メーカーが、25年以上前の商品の
説明書をいまも保管していて、必要な人には、
コピーだけど(それで十分)送ってくれるという環境だ。


カムナビでの暮らしを、電気をなるべく使わないとか、
自然エネルギーを取り入れる方向に持っていきたい、
と考えていて、足踏みミシンをもらって浮かれていたけれど、
このミシンじゃないと縫えないものもあるし、
これはこれで、大事に使っていこうっと。

入退院。そしてお家で新年おめでとう。
2009年01月01日 (木) | 編集 |
あけましておめでとうございます。

2009年、森羅万象、すべてのいのちあるものが
しあわせでありますように!


カムナビは静かなお正月。

先月は12日間、入院していましたが、
おかげさまで手術は成功。
ご心配をおかけしました!

病室には大きな窓があって、
毎日、日の出と日の入りを眺めてました。

普段見ている富士山より遠く、小さな富士の少し左側に、
毎日太陽が沈みました。美しさにただ見とれるばかり。

退院の日は、あまりにも日の出がきれいで、
屋上にこっそりおでかけ。

帯津屋上1 帯津屋上2

ぴっかぴかの朝焼け。
遠くには富士山が望めるんだけど、わかるかな。
埼玉県の川越市からの風景。


退院の日の帰り道は少し観光しました。うふふ。

病院の近くにあった川越市内にある富士浅間神社へ。
案外元気。ゆっくりだけど、歩いてます。

この浅間さんは、古墳の上に出来ていました。

もともと別の神様がいたところに
新しい勢力の神様がやってきて、
大きな神社を建てたっていう話もきくけれど、
なんとな~くお参りをしていても、古墳が気になる。。。

古墳の上にあるからか、道路よりもぐっと高い場所。
拝殿(たぶん)の後ろに、熔岩のような石で作られた
富士山があり、お猿さんがお守りしてました。
猿のうしろには穴が見えて、なんとなく胎内くぐりの
出来そうな予感。調べてみたい!

川越浅間1 川越浅間3 

その富士山の裏側には内院(噴火口)が作られていて、
聖地なので汚さないでと書かれた石碑がありました。

川越浅間2

その内院の後ろには、富士講の講社のマークの刻まれた
石碑が並んでました。

川越浅間4

石碑からお手製の内院・富士山(富士塚といいってもいいのかも)に
立つと、そのずっと先には本物の富士山がいらっしゃる。

川越市では高いところへ立てば、たいていの場所から
富士山を望むことができるはずだけど、ここは富士見町と
名前が付いていました。

敷地内には、北口(吉田口登山道のこと)から
66回富士山に登ったという石碑など、他にも石碑が並び、
熱心な富士講があったことがうかがえます。


入院中はなんにも考え事をしないで、
ぼ~っと過ごそうと思っていたけれど、
結局、病室からも富士山が見えて、
日々富士を思い、森たちが恋しかったです。

その森たちにも随分助けられました。
ベッドの中で目を閉じていると、森や木々がありありと見えて、
話をして、ほっとした気持ちに何度もなりました。

わたしはたくさんの宝物をもらっていたのですね~。

ジャッキはかかせない。
2008年12月11日 (木) | 編集 |
12月2日に仕込みをしたダンボールのコンポストは、
昨日から発酵が始まり、今日は湯気がもわもわと立った!

土にそっと手を置くと、思っていたよりもずっと温かい。

おととい、あまりにも土が冷たいので、
油を少し混ぜてみたところだった。

このまま発酵が続くと、標高845mの寒冷地でも
室内ではコンンポストが出来るってことだね。


昨日は、やっと車のタイヤをノーマルから
スタッドレスに取り替えた。

節約のため、きこりと2人で作業。

タイヤ交換1

こちらはステップワゴンの作業中。

大きい車なので、小さな私が運転席からぴょんっと降りると
「よく運転してきたねえ」とびっくりされるんだけど、
ジャッキがあれば、私でもステップワゴンを持ち上げられるのだ!

ジャッキってすごいよなあといつも感心。

ジャッキ

これがジャッキ。

わたしはこっちに来るまでほとんど知らなかった道具。
地味だけど、ここぞっていう時になくてはならない物って
かっこいいなと思いました。


パールアカシア

おとといの誕生日に、市内の洋服屋さんに行ったら、
パールアカシアのお花を切って、帽子に挿してくれた。

小さなお花だけど、甘い香りが贅沢に漂って幸せ。
帰宅後は、おちょこに引っ越ししました。

忘れたくない時間たち。
2008年11月30日 (日) | 編集 |
久しぶりに庭を満喫。

お出かけが多くて、10日間くらい、
ほとんど家に居なかった。

庭に敷き詰められていた赤や黄色の落ち葉はすっかり茶色。
梅雨から夏にかけてぐんぐん伸びまくっていた草たちは
霜が降りると半透明になって、くたくたと柔らかくなって枯れた。

はー、冬だ。


お出かけは、どれも今、この時期を外せないものばかりだった。

西湖で昔物語のお芝居を観劇。
ちょっと前まで、日本人て自然だけじゃなくて、
神様とももっと仲良しだったんだなと思う。

ともだちのお家のオープニング。
みんなとの出会いがあるから詩が生まれるという幸+福のライブと
おいしいごはん付きだった。

富士山を巡るせかいへいわといのりの日
(World Peace & Prayer Day Mt.Fuji)のお礼参り。
2日間かけて、ぐるっと一周。富士山、かみさまたち、
どうもありがとうございました。

1975年に活躍していたバンド「アケト」の一日だけの復活ライブ。
日本のピンクフロイドっていう印象があるときこり。
30年以上前の歌をいまの自分が歌うって不思議。
たぶん平均60歳くらいの男の人たちの本気のライブ。
かっこいいものだ!

静岡県の富士宮で富士山物語を観劇。
第二次世界大戦に突入して、日本のため、家族のためと
たくさんの男の人が戦地に出てゆく中で、
残された妻や家族が富士山にたくさん登ったことを知った。


あっという間に時間は過ぎてゆくけれど、
どれも忘れたくないなー。

全部を通じて感じたのは、
人間はすばらしいんだってこと。

普通に暮らしている人たちが本気でお芝居を作る。
演技をしたり、舞ったり、唄ったり。
ギターを弾いたり、大きな声を出したり。

台所でことこと野菜スープを作ったり。
初めて会ったこどもたちと一緒に笑ったり。

は~、楽しかった。

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