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除夜の鐘と初詣。
2011年01月02日 (日) | 編集 |
みなさま、新年明けましておめでとうございます!

毎日楽しく幸せに過ごすことができますように。


ところでわたしは、大晦日から新年にかけて、
生まれて初めて、除夜の鐘をつきました。

富士吉田の新倉という地域には、古くからあるお寺さんが3山並び、
いまも檀家さんが多くいらっしゃいます。

そのうちのひとつ、大正寺(だいしょうじ)さんの若坊守さんからお誘いを受けて、
元旦会なるものにも参加させていただくことになりました。

きこりや近所のひーちゃん、ゾウ兄(自転車で旅をしながら、
全国のお雑煮を聞き書きしている水野誠人兄さん。
ブログ「峠の先に、道は続く。」)を引き連れて、
せっかくだからと、3つのお寺さんすべての鐘をついてきました(笑)。

鐘の音の高さ、訪れた人へのおもてなし、お寺の雰囲気、
みんな違って、それぞれが興味深く、くせになってしまいそう。

また来年もつかせていただこう!と決めました。


元日は、北口本宮冨士浅間神社へ、
今年の北口灯明講の挨拶にうかがいました。

今年から、わたし一人で講元をつとめます。

先月の冨士山北口御師団の忘年会にて、御師のみなさんから、
鎮火祭(火祭り)のおつとめに、きこりに復活してほしいとの話がありました。

鎮火祭で、富士山の御神輿を先導する仕事も
御師として大事なつとめです。

なので、今年(2011)は北口灯明講に参加し、
来年(2012)からは、きこりは鎮火祭のおつとめに
専念することになりました。

なので、昨日は、北口浅間さんにいらっしゃるすべての神様に、
わたしから、ご挨拶をさせていただいた、というわけです。

やや不安の残る、わたしのこころは、
丁寧にお祈りすることで落ち着いていきました。

よしっ! だいじょうぶ!


ことしもどうぞよろしくお願いいたします。


すべてのいのちとともに。

ほったさとこ 御師の家カムナビ

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火祭り終了~。
2008年08月31日 (日) | 編集 |
明日は9月。
早いものですね。

8月26、27日の火祭りも終りました。

北口灯明講も、きれいな火を灯せたように思ってます。

灯明講作業風景

初日はこんな風に作業してました。

来てくださったみなさん、どうもありがとう。


ヒノキにかこまれた参道で地味に作業していると、
カメラを持ったおじさんが火の入った灯籠の写真を撮っていたり、
おばさま方の集団にほめられまくったりしました。

うれしいものです!

灯籠に火が入ると、こんな姿に。

灯籠

火袋(灯籠の火の入る場所)をのぞくと、

火袋の中

となっています。これは大きなみつろうキャンドルの方です。

蝋燭のほとんどは、何度も使えるブリキのケースに入った
みつろうキャンドルを使っています。

使っているグラスは、親しくさせてもらっている酒屋さんからいただいた
販促品のグラスや、うちの蔵に眠っていた古いグラスたちなので、
お酒や牛乳屋さんの名前が入っている物も多いのです。

富士牛乳


浅間さんは、重要文化財の建物もあり、お祭りのときも
かなり明るい照明をつけていますが、御霊移しの瞬間は、
その電気も消します。

わたしはたまたまその時、末社の近くにいて、ぼーっとしていたら、
境内が真っ暗になり、みつろうキャンドルの火だけがゆらゆらと光ってました。うつくしかったー。

来年も祈りの火、平和の火を、
火祭りで灯したいです。

北口灯明講、みなさんのご参加をお待ちしてまーす。


雨の浅間さん。
2008年08月23日 (土) | 編集 |
火祭りまであと3日。

今日はきこりと浅間さん(北口本宮冨士浅間神社)へ行ってきた。

外に出ていた御影

御影(富士山型の御神輿。通称おやまさん)が披露されていた。

そして、北口灯明講について、宮司さんと相談をしたり、
去年出来なかった末社などへのキャンドルの置き方などを検討。

わたしは今日のお昼から当日まで断食(の予定)。

あわあわと夏になり、火祭りも目前で、
あまりにも自分の気持ちが整っていないので、
直前すべりこみお断食をすることにした。

でも、こういう時間が幸せなのだ。

断食は生まれてから2回目。
全くもってへなちょこ断食なんだけど、
こころがお祭りへ向けて研ぎすまされていく。

雨の高天原

今日は雨の高天原。27日のすすき祭りの夜、
ご神木の周りを2基の神輿が7周する。

人間は、その輪に入って、ススキを片手に一緒に走る。


みつろうキャンドルも揃い、甘い香りが漂う。
お天気はどうなるかな。あとは富士山がいいようにしてくれるね。

胎内祭の報告。
2008年05月02日 (金) | 編集 |
今年も胎内祭が終わった。

富士山はまだ冬だけど、カムナビは
エンジンがかかってきた。

胎内祭は、富士吉田の御師たちが主催(正式には
冨士山北口御師団)なので、御師の人たちはもちろん、
自治会の会長さんたち、婦人会の役員さん、
市議会議員、冨士講行者さんたち、
吉田胎内を大事に思ってくださる方たちが集まる。

胎内祭

胎内祭が終わったあとは、冨士講行者による胎内御炊き上げ。
近年の胎内祭でこの御炊き上げがなされるようになったのは
ここ数年のことだけど、毎年先達の真剣さと迫力に胸を打たれる。

胎内御炊き上げ


午後からは、吉田胎内樹型群ウォッチング。
富士山には噴火で形成された樹型が数多くあるんだけど、
ここほどあちらこちらに沢山の樹型が点在するのは他にない。

吉田胎内入り口

これは吉田胎内の入り口。
昔、内部を破壊した人がいたので、
いまは鍵がかけてあるのです。

吉田胎内から胎内祭

吉田胎内の内部から外を見るとこうなります。
(画像はきこりが撮影)

ふだん、樹型のガイドもしているきこりやわたしも、
この日は参加してくれた人たちと一緒にとにかく楽しむ。
今年のウォッチングは「こどものようなおとな!」の人ばかりで
ディープな樹型巡りだった。ひとつひとつにじっくり入って、
地球の不思議、噴火の威力を味わう。

樹型は、噴火で出来た樹木の鋳型。
吉田胎内樹型群は、樹型の大小はあるけれど、
大人がはいはいできる太さもある。
864年(貞観6年)の噴火で作られたので、
1000年以上前は、巨木が立ち並ぶ原生林だったのだ。

いまの場所がその頃のような原生林になるまで
平和な場所でありますように。

御師、旧外川家住宅公開。
2008年04月26日 (土) | 編集 |
寒い寒い、小雨の降る今日、
御師旧外川家住宅の開館された。
うちから歩いて5分もしない御師の家。

もともとは塩屋さんという屋号の御師で、
持ち主が亡くなったことから、市に建物が寄贈され、
富士吉田市が土地を購入し、調査や修復などをした。
総事業費は約2億3000万円だそうだ。
そのお金の多くは防衛省から。富士吉田市の一部は
富士山の裾野にある自衛隊の演習場となっているので、
一定の条件を満たす公共事業などへ補助金が出るのだ。


朝10時から、外川さんの親戚や富士講の先達たち、
施工業者さん、市長や市議会議員、御師団の面々が集まり、
市主催の竣工式が始まる。一通りの挨拶や事業報告のあと、
家屋敷に上がって見学。わたしは数日前に拝見させていただい
たんだけど、それはそれは見事なお屋敷に復興されている。

母屋が1768(明和5)年に建てられ、
離れは幕末期に増築された、風格のあるお屋敷。
今年の1月には山梨県の有形文化財に指定を受けた。
ぴかぴかと丈夫そうに光る屋根、ふわふわしない畳、
見えないところにコンセント、ところどころに解説があり、
古文書や版木などの展示。御師のわたしもとても勉強になる。

11時からは、冨士山北口御師団が報告祭をし、
次は扶桑教の富士講の先達たちによる御炊き上げ。
どちらも御神前(神様のいらっしゃる間)。

畳の上に晒しの布を敷き、その上に木の板。
またその上に粗塩を丁寧に広げる。
そこへお線香で富士の形を作り、ろうそくに火が点し、
御炊き上げが始まる。

外川御炊き上げ2 外川御炊き上げ

御炊き上げが進むとお線香の富士山が燃えていき、
祝詞の書かれた和紙に火をつけて、その灰が
天へ上がっていくと吉とされている。
もちろん、きれいに上がっていき、歓声があがった。
独特の空気感がある。御炊き上げで熱しられた塩は
そのまま晒しの布でくるみ、希望者には加持が
なされる。御炊き上げの時はくいいるように
見ていた参列者の人たちがわれもわれもと
塩加持に並んだ。盛り上がったなー。

先達たちは4月29日の吉田胎内祭の後でも
御炊き上げをされるので、興味のある方は
ぜひどうぞ。


お昼にはお赤飯のふるまいがあり、午後から一般公開開始。
それとともに、北口本宮冨士浅間神社太々神楽の奉納がはじまった。

神楽1 神楽2 神楽3

保存会の方による説明では、太々神楽は
もともとは御師の当主が舞っており、
登拝シーズンの7月、8月になると、御師の家では
毎日のように舞われていたそうだ。

きこりは、今日の神楽で家がよみがえったように
感じたと話していた。

保存会の方々は、北口本宮冨士浅間神社の
5月5日例大祭/お初申(おはつざる)の
お祭りの日に境内の神楽殿で舞われる。
なので、同じ演目の舞を見たことが何度かあるけれど、
今日見た舞とは別物のように感じた。ぎゅぎゅっと濃く、
着物の袂までが舞によって生かされていて、
御神前で舞うことがこんなにもすばらしいものなのかと
目の覚める思いがした。

家に帰ってきたら、うちは片付けの真っ最中で、
廊下や部屋のあちこちに物が散らばり、
ごちゃごちゃとしていて、ろうかはぎしぎし。
ほこりも目につく。・・・少々がっくり。

旧外川家住宅とうちでは役割が違うので、
それぞれの手の入れ方、使い方、やり方がある。
わたしは生きている御師として、これからどんなことが
できるかなー。楽しみだなー。うちもがんばるぞー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
御師 旧外川家住宅の観覧料は大人100円小中学生50円。
富士吉田市の歴史民俗博物館の付属施設です。詳しくはこちらへ。
http://www.fy-museum.jp/forms/info/info.aspx?info_id=5898
吉田胎内祭のご案内。
2008年04月15日 (火) | 編集 |
吉田胎内にも春がやってきた。
胎内祭の季節。わたしもワクワク。
冬になって、静かに動いていたカムナビも
そろそろ始動です。

胎内祭は吉田胎内/コノハナサクヤ姫を祀った胎内神社の祭典。

吉田胎内(吉田胎内樹型/本穴)は熔岩樹型が点在する吉田胎内樹型群の
中心的な存在。吉田胎内樹型群中の65穴が国の天然記念物の
指定を受けている貴重~な穴たちです。

熔岩樹型とは、火山活動で流れ出した熔岩(溶岩)と樹木が遭遇し、
やがて樹木が消滅することでできる樹木の鋳型の空洞。
熔岩流の上や脇にできると観察可能、樹木=鋳型が大きければ
入洞することも、服装や装備が整っていれば、できます。
   
胎内樹型は、樹型内部がある条件の中で爆発的な燃焼を起こし、
ザラザラな熔岩が再度ドロドロに熔け直し(再熔融)して、
鍾乳状やアバラ骨状などの特殊形状が観られるものを言う。
これらを人体内部や子宮内部に例え、富士山信仰の巡礼霊場として、
再誕生を体験したり、安産祈願の場となってきました。
また胎内樹型タイプの多くは、倒された多数の樹木が熔岩流の中で
ぶつかり、樹木鋳型が連結した複合樹型になっている。
ただし、富士山の胎内すべてが樹型ではなく、
いわゆる熔岩洞窟もあります。


それでは、案内です。
すべての企画は、どなたでも無料で自由に参加できます。

宿泊など、カムナビの利用については
直接お問い合わせください。

□ 吉田胎内祭 □

胎内祭

日時 2008年4月29日(火・祝日)11:00から約30分程度
場所 吉田胎内/胎内神社
主催 冨士山北口御師団


□ 胎内御炊き上げ □

塩加持

吉田胎内祭斉行の後に、胎内神社(吉田胎内洞口)の前で
冨士講行者(横須賀丸伊講・斉藤先達、ほか)によって、
「胎内御炊き上げ」が行われます。こちらも見学可能。

吉田胎内の洞口に座り、地面に大量の塩を広い下地を作る。
その上に線香を冨士の形に置き、和紙を巻いたろうそくに火をつけ、
祝詞やお経などを唱え続ける。

祈りを書いた和紙はろうそくの火で燃やし、
その灰が燃え上がり、天に舞っていく様で吉凶を占う。

御炊き上げが終わったら、熱くなっている塩を布で包み、
参加者の希望の場所に当てて祈ってくださいます。


□ 吉田胎内樹型群ウォッチング □

国の天然記念物に指定されている吉田胎内。
その周囲にも、富士山の噴火で作られた数多くの樹型があり、
世界的にも貴重な存在です。

吉田胎内は通常鍵がかけられており、入るには許可が必要なので、
フリーで胎内へ入ることのできるこの日はとてもラッキー。
案内は、冨士山北口御師団の団員であり、熔岩樹型の調査、研究
保護活動をしているきこり(つれあい)とわたしがします。

胎内ウォッチング

日時   2008年4月29日(火・祝日)12:30から
     (胎内祭、御炊き上げ終了後)
集合場所 吉田胎内洞口前の広場
見学予定 吉田胎内(本穴)、吉田胎内樹型群No.5などなどなど

装備 ○熔岩の先端の尖った部分にひっかかったり穴があいてもよく、
    熔岩の焼けた土が着いてもよい、丈夫で汚れてもかまわない服装。
   ○厚手の手袋、軍手
   ○厚手の帽子
   ○でこぼこの山の中を歩ける靴
   ○懐中電灯
   ○雨具
   ○持っている人はヘルメット
   ●上記の装備はとても重要です。
    服装次第では、参加をお断りする場合もあります。

主催 御師の家カムナビ  
   phone&fax 0555-24-8943 


【吉田胎内祭】へのアクセス

○富士急行線・富士吉田駅より徒歩約80分
○富士急山梨バスより、 富士吉田駅→(約20分)→中ノ茶屋→(約10分)
→河口湖創造の森→(約15分)→河口湖駅を走るバスが出ています。
「ふじざくら・ミツバツツジシャトルバス」
時間、料金はこちら。
http://www.fujiyoshida.net/forms/info/info.aspx?info_id=2043
○車は山梨県環境科学研究所(もしくは富士北麓運動公園、中の茶屋)に
駐車してください。そこから徒歩10~20分です。
山梨県環境科学研究所と富士北麓運動公園からは、
空堀に架かる橋に出て、橋脇の胎内神社一の鳥居の下にある鉄製の
階段を上り、熔岩流上の道なき道を空堀を見失わないよう10分ほど
歩くと二の鳥居です。鳥居をくぐればすぐ胎内。
吉田口登山道にある中の茶屋からは、ふじざくら祭りの桜回廊路に入り、
二股を左に折れ道なりに歩き、道は空堀を横切り、さらに深い堀を下り
登ると胎内神社の二の鳥居。徒歩20分。
○以下URLは、胎内神社一の鳥居の地図です。
http://kokomail.mapfan.com/receivew.cgi?MAP=E138.45.59.8N35.26.54.9&ZM=9&CI=R
http://map.yahoo.co.jp/pl?nl=35.26.54.060&el=138.45.59.694&la=1&sc=3&CE.x=249&CE.y=255
きこり、お芝居に出る。
2008年01月30日 (水) | 編集 |
今日は、夫のきこりが、
御師(おし)としてお芝居に出た。

演目は「竜宮ものがたり」。

富士五湖のひとつ、西湖の西浜小学校で
不二せのうみ劇団によって上演された。

不二せのうみ劇団

1000年以上前の富士山の噴火以前は
「せのうみ」と呼ばれる湖があった。

その時の噴火の熔岩が流れ込んだので、
せのうみは、西湖・精進湖を作ったと
言われている。

そういう湖を名前に持つ不二せのうみ劇団は、
西浜小学校の卒業生や親御さんたちによるもの。

西湖の年寄りから聞いたその地に伝わってきた話や、
資料などを元に、お芝居を作っている。


今回は、冨士講の道者がせのうみ神社での修行中に
竜の神様から昔の話を聞く、という設定。

若き日の自分(竜)と富士山の女神の恋を柱に、
風の神や火の神たちが現れ、効果音には和太鼓も
使われていて、楽しかった!笑った!

わたしは、おかしを配るお手伝いだけで、
一番後ろから見ていたんだけど、
1年生から6年生まで、みんな集中していた。

1年生は、神様たちのパフォーマンスに
受けていて、学年が上がっていくにつれて、
物語を感じているように見えた。


きこりは、道者の案内役。

なるべく本物を伝えたいねと
うちに残っている古い金剛杖や鈴、マネキなどを
舞台の小道具として持って行き、
本人は、おじいさんあたりのものと思われる
羽織と袴を着ていった。

火祭りなどで装束を着ることはあっても、
黒い袴は初めて着たそうだ。

「おじいさんになっちゃった」と
家の鏡の前で言っていた。可笑しい。

セットの前のきこり 中門前の袴のきこり


お芝居の後には、御師や富士講、富士山の
信仰についてお話。いい機会になった。

すっかり正統な感じの御師に出来上がったきこり。

たしかに普段のかわいい、ゆるい格好とは違うけど、
こんな感じもいいじゃない!と思いました。てへ。
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